ブックタイトル公益財団法人 日本高等教育評価機構 10周年誌

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概要

公益財団法人 日本高等教育評価機構 10周年誌

010〈寄稿〉評価機構と私評価員養成検討委員会委員長(平成19(2007)年~現在)、評価システム改善検討委員会副委員長(平成18(2006)~現在)。当機構設立に当たり大学評価基準の策定に貢献、設立後は評価員として9 大学(うち団長8 回)、試行評価2大学の評価に携わる。日本大学文理学部 教授 羽田積男前人の熱意と努力を引継ぎ、より良い評価を 大学院の学生の頃、大学史研究会という有力な研究会に参加させていただいた時、喜多村和之先生に呼び止められたことが、私と評価機構とのそもそもの起点となった。アメリカと日本の大学の史的研究を続けてきたが、私の世代では大学や高等教育の研究を志す人はまだ少なかった。後に大学研究室の書棚のなかにニューヨーク大学のセルフスタディの書物を発見し、その分厚い書物をパラパラとめくってみて、日本にもやがてこのような研究が必要になるだろうと直感したのである。そこで私が旗を振り、「私立大学における教育・研究に関する総合的評価-日本大学を中心として-」を完成させた。平成元年のことであった。 日本私立大学協会のなかに喜多村先生を主幹とする私学高等教育研究所が誕生し、私も研究員の末席に連なることになった。先生からまた声がかかったからである。「大学評価システムの研究」の部会に入れていただき、その研究をすすめる間に、私大協の常務理事であった原野幸康さんと知り合いになった。 平成15年になると、原野さんを中心とする評価機構設立の準備のなかで、その準備の出発点となるべき評価基準の原案作りが始まったのである。残念ながら喜多村先生は重い病を得て準備に加われなかったが、私高研の研究員であった桜美林大学の馬越徹先生が参加して下さり、私大協の職員であった伊藤敏弘さんと私の4 人が何回もの討議を重ね、評価基準の原案作りを進めたのである。それにしても会議のたびに原野さんに教えていただいた膨大で詳細な私学情報は、私学に特化した評価基準を構想する際に本当に役立った。 このようにして、草創期から今日まで日本高等教育評価機構と私との関係は途切れることなく続いている。海外の評価機関や大学に出向きその評価法や自己評価のあり方を学び、大学評価員の一員に加わり、評価システム改善検討委員会や評価員養成検討委員会などにも参加するようになった。 大学評価研究のための大きな指導者であった喜多村先生、馬越先生そして原野さんはすでに帰らぬ人になってしまった。残されたのは私である。 しかし、私には決意がある。先に逝ってしまった先生方の熱意と努力を想いつつ、引続きより良い大学評価ができるよう日本高等教育評価機構を支援していきたいと思っている。それゆえ、三つ子の魂である最初の評価基準を今でも読み返すのである。●委員・評価員