日本高等教育評価機構だより

平成29(2017)年7月26日分掲載

平成29年度評価充実協議会報告
講演「時代の変化を見据えた人材育成に向けて」ほか

日本高等教育評価機構(以下、『機構』と略す)は毎年度、認証評価に関する大学相互の共通認識を深め、協力体制を構築し、認証評価制度の充実を目指すとともに、理事長、学長、事務局長等の大学関係者に対して、教育の質の維持向上への啓発を目的として、「評価充実協議会」を開催している。第12回目にあたる本年度は、去る7月11日に東京のアルカディア市ヶ谷(私学会館)において、約250名の参加を得て実施された。

協議会は黒田壽二機構理事長の開会あいさつに引き続き、元(株)三井住友フィナンシャルグループ取締役」会長(現名誉顧問)の奥正之氏による講演「時代の変化を見据えた人材育成に向けて」が行われ、次いで機構の陸鐘旻評価事業部長による報告「第三期新評価システムの概要について」の後、パネルディスカッション「内部質保証を中心とした大学教育のあり方」が、内田伸子十文字学園理事、十文字学園女子大学特任教授、お茶の水女子大学名誉教授、および清水一彦山梨県立大学理事長・学長の2名をパネリスト、安井利一明海大学学長をファシリテーターとして行われた。

認証評価の第3期新評価システムに関しては、平成29年6月28日発行の本紙において、その詳細を報告しているので割愛し、講演及びパネルディスカッションについての概略を述べることにする。

講演「時代の変化を見据えた人材育成に向けて」

あえて言うまでもないことだが、産業・経済界が期待する人材育成は、大学の最も重要な役割の一つである。したがって、産業・経済界は大学にとって極めて身近なステークホルダーであるといえよう。三井住友銀行頭取、経団連副会長、全国銀行協会会長などを歴任した奥氏は、まさに産業・経済界の代表的な存在であり、かねてから大学に何を期待するかについて、大学関係者を対象に話をしてほしいと依頼していたが、同氏の多忙を理由にこれまで実現しなかった。ようやく今年の6月に一線を退いたとのことで、講演が実現した次第である。

奥氏の講演は全体を「企業を取り巻く環境の変化」、「求められる人材像」、「大学への期待」の3部に分け、それぞれにおいて極めて論理性の高い分析に基づいた持論が展開された。冒頭、氏は世界も我が国も様々な環境変化に見舞われており、例えば我が国における人口減少と、海外、特に途上国における人口増加のアンバランス等からくる「ツースピード・エコノミー」現象や、我が国経済のグローバル化の立ち遅れなどに警鐘を鳴らし、さらにテクノロジーの目覚ましい進化に言及した。このような国際的・国内的な社会・経済環境の著しい変化に対処するために求められる資質として、充実した知・徳・体に恵まれ、基礎学力と専門的知識を備えた総合的な人間力の涵養を主張した。

氏はさらに、世界地図の中でものごとを判断し、偏見や差別を持たずに異文化を受容し、高いコミュニケーション能力に裏打ちされた人材の必要性を説いており、世の中の変化に対応できる人材とは、好奇心と行動力に富む存在であると述べた。このことは、少年時代に氏と親しく交わった筆者にも深くうなずけるところであった。

次いで奥氏は、大学教育に期待する事柄として、リベラルアーツ教育と実学教育の融合を唱え、よりよい大学教育に向けた主な視点として、

  • 日本人学生の目をいかに世界に向けて開かせるか、
  • 大学が育てる人材と、産業界が求める人材像のギャップをいかに埋めるか、
  • 教員の質をいかに高めるか、
  • 学長のリーダーシップをはじめ大学のガバナンスを確立し、やるべきことを実行できる体制をいかに作るか、という四つの「いかに」を提唱した。このことは、やるべきことが山積する中で、十分な人的・財務的リソース(資源)をいかに確保するかという点に集約されるともいえよう。

最後に奥氏は、英国の名宰相チャーチルの言葉である「悲観主義者はすべての好機の中に困難を見つけるが、楽観主義者はすべての困難の中に好機を見出す」を引用して、人は常に楽観主義者であるべきだと述べ、大学の将来には大きな期待がかけられていることを強調して、内容豊かな講演を締めくくった。

パネルディスカッション「内部質保証を中心とした大学教育のあり方」

冒頭、ファシリテーターの安井氏より、このパネルの趣旨について、以下のような説明があった。本年は第2期認証評価制度の最終年にあたり、機構は平成30年度から始まる第3期の評価基準の策定を終えたところである。新評価基準では三つのポリシーを起点とした内部質保証を重点評価項目に据えており、「基準6」において、内部質保証の組織体制、内部質保証のための自己点検評価、内部質保証の機能性等が評価の項目として掲げられている。新評価基準の留意点等については、機構が作成中の「受審のてびき」などによって今後明らかになることが期待されており、本日のパネルでは、山梨県立大学及び十文字学園女子大学における取り組みの実例発表ののち、内部質保証のあるべき姿について討議したい。

最初の演者である山梨県立大学理事長・学長の清水氏は、今われわれがなすべき課題は学生確保や高い就職率の実現もさることながら、教育の質保証こそ最重要であると述べ、そのために、教学ガバナンスの改革、三つのポリシー(ディプロマ・カリキュラム・アドミッションポリシー)の再策定、FD・SD(ファカルティー・ディベロップメント・スタッフディベロップメント)の制度化、単位制度等のサブシステムの改革などの必要性を強調した。氏の山梨県立大学では改革実行のための体制として、新たに少人数の大学幹部からなる大学質保証委員会を設置し、自己点検評価委員会など既存の全学委員会は、その下部組織として、責任の所在を明確にしたという。

山梨県立大学は、意識変革、スピード感、実効性という三つの戦略目標を掲げ、1年目には中期目標・中期計画の策定、教員の業績などの評価、GPAやナンバリング等の教学サブシステムの構築などを実現し、2年目には内部保証システムの構築、三つのポリシーの策定、カリキュラムマップやツリーの明示、新たな授業評価の導入などを実現した。

学修成果の測定や可視化は容易ではないが、大学レベル、学部レベル、学科・コースレベルで具体的なコンピテンシーを設定することによって、授業評価やGPAあるいはルーブリック評価などを援用しながら学士力を目に見える形で測定することが可能となった。

山梨県立大学の事例報告の結びに、清水氏は単位制度そのものが能動的学修(アクティブラーニング)を要求しており、最大の能動的学修は卒業研究・卒業論文であるとの持論を表明して降壇した。

2人目の演者は十文字学園女子大学特任教授・十文字学園理事の内田伸子である。内田氏は「私立女子大学の行方と展望」のテーマのもと、十文字学園女子大学の進める改革「ビジョン2030」が策定された背景を、わが国の大学を取り巻く様々な環境の分析を通して明らかにした。同氏の大学は90年前に十文字こと女史によって、学びたいと願う女性、学ぶ意欲のある女性のだれでもが学べる学校として、中堅職業人の養成を目指して創設された。

昨今、わが国の大学の多くは定員充足に苦労しているが、十文字学園女子大学も三つの学科において定員割れを起こすに至った。定員割れは多くの小規模大学において起きており、一方、入学定員が800名から1000名以上の大規模大学では、十年前から定員が確保されている。特に立地条件が良く、宣伝力に秀でた大学は定員数とブランド力のタイアップで、いわゆる大規模効果が如実に見られるという。学生が集まりにくく、定員割れを起こし始めている大学は、単に小規模大学という理由だけでなく、時代の需要を背景にして設置された大学・学部、何を学ぶか受験生にとって推測しにくい学部・学科、あるいは需要が少ない特殊な専門分野などは、卒業後の出口予測効果が薄く、定員割れの恐れがある。

これらの分析を踏まえて、内田氏は平成20年に出された中教審の答申「学士課程教育の構築に向けて」を引用して、学部の4年間で基礎学力や専門知識のほか、課題解決能力、構想力、社会的責任能力など、社会で生き抜く力をつけることこそが、学士課程教育の中心に据えられるべきであると強く主張した。さらに多くの私立大学に求められる教育として、大学のステークホルダーは学生、保護者、社会のすべてであることを認識して、解のない問題を解のある方向に学生を導いてゆくだけでなく、解がいくつもありうる問題の解決能力を養ってゆく必要があると述べた。なぜならば、自ら学ばない学生に対しては、主体的に学ぶ環境つくりや動機付けが不可欠であり、学生たちには何を学ぶかにとどまらず、どのように学ぶかを教えなければならないからである。

以上のような現状認識に立って、十文字学園女子大学は以下の8点を教育改革の柱として策定した。

  • 定員確保のための適正規模の把握
  • 専攻分野別及び設置形態による学生のプロフィールの把握
  • 聴講学生数の多い大規模授業が、座学中心の教育となっている現実
  • 基礎学力が不足している学生に、いかに教育の質を担保するか
  • 教養科目と専門科目のすみわけと連携協働の必要性
  • 初年次からのキャリア教育導入
  • 障がいのある学生への合理的配慮
  • グローバルなキャリア形成のオプションとノウハウの提供

以上のような項目に配慮しつつ、十文字学園女子大学は定員割れを防ぐべく、学科名称と教育内容の再検討を行うとともに、リカレント教育の拠点となる大学院設置の構想の是非を検討し、さらに建学の精神に立ち返って丁寧な教育、学生一人ひとりを大事に育て社会に送り出す姿勢を大切にすることを明らかにした。

学士課程教育の質保証には教職員の連携協働が不可欠であり、内田氏の大学では教職員の大学への期待や展望を反映させるべく「十文字ビジョン2030」を策定し、教職員が心を一つに改革に取り組む機運が高まったという。内田氏は、学士課程教育の質保証に向けた実験例として、初年次前期の総合科目「女性のからだとこころ」の導入と、公開講座「十文字アカデミー」の開設にも言及し、特に前者については、作文能力や、対話能力の向上に生かしている現状について説明した。

以上で教育の質保証の試みに関する示唆に富む2氏の講話は終了した。時間の制約のためにファシリテーターと二人のパネリストとの間での討議は実現しなかったが、ファシリテーターの安井氏が最後に言われたように、このパネルは、これから緒に就こうとしている教育の質保証の試みを前進させるためのキックオフという意味があり、各大学は2氏の話を参考に今後の質保証の試みを発展させてゆくことができれば、このセッションの所期の目的は達せられたといって過言ではない。

(副理事長・相良憲昭)

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